痛みを活用したキャンペーン

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事実、研修会の開催を告知する電子メールには、しばしば「伝道は戦争だ!」という見出しがつけられ、出席者には神のような権限とか容赦ない攻撃性とかいった感覚が植えつけられることを約束していた。
Aは、1984年に伝道師制度を考案して、出たばかりのマッキントッシの売上を伸ばそうとした。 マックの発表時には、1500万ドルを注ぎこんだキャンペーンがくりひろげられたが、その口火を切ったのは、いまも記憶に残るテレビコマーシャルだった。
囚人のような灰色の服を着た無表情な労働者たちがずらりとならび、大型スクリーンで、コンピュータのすばらしさについて単調に語り続ける独裁者を見つめている。 画面全体が真っ暗になり、メッセージが浮かびあがる。
1984年がオーウェルの『1984年』のようにはならない理由が明らかになった。 それは、当時のパソコン市場を支配していた(そしていまも支配している)I社互換のパソコンに対するあからさまな挑戦だった。
I社は1981年に最初のパソコンを発表したが、マイクロソフトはそのOSのライセンス供与の権利を保持していた。 これこそ、M社が桁外れの成功をおさめた最大の理由だ。

M社からDOSのライセンス供与を受けたほかのメーカーは、I社のマシンを見習い、さらに向上させていった。 コンピュータ時代の幕開けだ。
Aのマッキントッシュは、自社開発の優美なハードウェアとOSを使っていた。 創立者のひとりであるS氏がいう「ほかのみんなのためのコンピュータ」だ。
しかし、マックには記憶に残るテレビコマーシャル以上のものが必要だった。 サードパーティのデベロッパーに、専用のソフトウェアを開発してもらわなければならなかった。
マックは、先代モデルのAUと比べると、プログラム作成がむずかしい。 ソフトウェアがなければ、コンシューマーがマックを購入する理由がなくなり、優美なマシンはゆるやかな死を運命づけられてしまう。
Aの主任伝道師だったK氏と、副官のP氏、A氏は、マックをかかえて、予告なしで独立系ソフトウェアメーカーを次々と訪問し、Aのテクノロジーを宣伝した。 K氏はこれを上陸作戦と呼んでいた。
浜辺を急襲したあとは「そこを占領して、より効率的な行動に移る」というのがAの戦略だったとK氏は語っている。 「Aの命運を握っていたのはサードパーティとの関係だった」K氏にあたえられた任務は、独立系ソフトウェアメーカーに、600種以上のマッキントッシュ向けプログラムを開発させることだった。

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